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院長ブログ

 

 

上井公民館だより平成28年2月号 掲載

『受験生、頑張れ!』

大学入試センター試験も終わり、高校も含めて受験シーズンにいよいよ突入。我が家ではこの度は関係ないですが、今年受験生をお持ちのご家庭では心中如何ばかりか。

最近では「ゆとり」が叫ばれ学歴社会も崩れ始め「受験戦争」という言葉はあまり目にしなくなりましたが、それでも当事者にしてみれば勝ち抜かなくてはならない競争です。

『受験生の皆さん、その過程で悩んだり投げ出したくなることもあるかもしれません。しかし、周りには助けてくれる人がいっぱいいるはずです。先生・友達・先輩そして家族。みんなが応援しています。独りで抱え込まず人の力も借りながら、合格まで後悔しないよう頑張って下さい。』…すでに社会人となった我が長女が、卒業した高校在校生に向けて寄稿した体験記の中の一節です。

親は静かに見守りましょう。

倉吉東高等学校「進路のしおり」平成26年度版 掲載

 『父親の視点』

 私も高校時代に参考にした「進路のしおり」に、30年の時を経てまさか自分が寄稿することになろうとは思ってもみませんでした。娘の高校3年間、男親として私がしてやれたことは多くはないのですが、大学合格までの道のりを以下のキーワードごとに私なりに省みたいと思います。 

「自信」

娘には幼少時からかなり多くの習い事をさせてきました。運動系・芸術系様々でした。中学になると鳥取市まで汽車通学のためさすがに絞り込みましたが、高校生になっても本人の意志でヴァイオリンやバレエは続けました。発表会などで一番多く倉吉未来中心のステージに立っているのは我が娘だと思うほどです。東高のオーケストラ部でコンサートミストレスを任された時は、中学の頃からの目標だっただけに大きな喜びでした。様々な習い事、汽車通学の中学時代、東高オーケストラ部、学園祭、それらの中で「私は頑張った。結果を出してきた。」という気持ちの積み重ねが自信となり、大学受験という大きな目標に向かった時その自信が支えとなったようです。 

「幸運」

 すでに大学生である長男とちょうど三学年離れているため、同じ学年団の先生方に娘がお世話になることになりました。1年時担任は卒業した長男と同じK先生。K先生には私たちも全幅の信頼を寄せていたため、K先生のもとで高校生活のスタートを切れたことは幸運だったと思いました。2年生後半ともなると志望校を絞り始め、悩んだ末に、属していた文理コースを出ることに決めました。文理を出ることで気が緩んでしまわないか心配しましたが、逆に楽しく充実した最終学年を過ごせたようです。本人の志望は一貫して法学部。文系でありながら国語の点がなかなか上がらず苦しんでいましたが、候補の一つに考えていた○○大・法は前期試験で国語を選択しなくて済む学校でした。浪人は親子共々避けたかったので、合格圏内にあった○○大を数学・英語で受験することにしました。倍率が国立法学部の中でも低いほうであったり、例年と異なり難解問題も出題されず、センター試験でまずまずの点を取っていた娘は無事合格できました。 

「信頼」

 三者面談には私自身が幾度か足を運びました。その度に気付いたことは、娘が明るく笑顔で先生と接する態度です。性格と言ってしまえばそれまでですが、娘のそういう態度に先生方への信頼を感じ取ることができました。K先生や3年時担任のS先生にはこちらから色々ご相談させて頂く機会もありましたが、先生方の熱心な指導に私たちも安心していられました。私も歯科医師として患者さんと接する際には信頼関係を結べるよう腐心します。信頼関係が結べないと、治療がなかなか難しくなることも時折経験します。娘にとって東高で信頼できる先生方にめぐり会えたそのことこそが、順調に合格に結び付いた最も重要な点だと感じています。しかし、黙っていても信頼関係は結べません。小さい頃からの習い事などで多くの素晴らしい先生方と関わってきた中で、おそらく先生との接し方(教わり方)も娘は身につけてきたのだと思います。普段から学校の授業を大切にしていて、自分で他に受験参考書を買って来たりすることは殆どありませんでした。センター試験が終わると、数学のF先生にお願いして個人的に解答の添削を受けたりしていました。また私立大を複数校受験することも考えていたのですが、S先生の的確な指導のおかげで1校に絞り込み良い結果が得られていたことで、安心して国立受験に臨むことができました。 

「心配」

城山三郎の著に「素直な戦士たち」があります。私がこの本を読んだのは、自身の受験勉強を終えた大学1年の夏でした。内容は、我が子に徹底的な受験教育を施して受験戦争を勝ち抜かせようというものですが、結果は…。この本に影響を受けたこともあり、私自身が娘の受験教育に熱心に関わることは極力控えていました。勉強の中身は本人任せ、学校任せです。小さい頃から親にあまり心配をかけることなく(妻は少々心配症ですが)、自分なりにコツコツ努力して結果を出してきた娘です。男親の私としては受験に際してもドンと構えて接してきたつもりです。娘が少々不安げな言葉を口にしても、「大丈夫だよ」と言い続けました。またそう言い続けることで、自分も落ち着いていられたと思います。当初娘が目指したのは首都圏の大学でした。理由は「ディズニーランドに行きたい」。しかし都会だと生活費もかかるし犯罪に巻き込まれるかも?何より合格できない可能性が高くなる。私の心配は「センター試験が出来過ぎて出願校を上げると言ったらどうしよう」というものでしたが、杞憂に終わりました。

 

 ウチはまだ今年も「受験生の親」をしています。すぐ下の弟が現在高校3年生です。娘の合格に至るまでの過程を私なりに振り返ってみましたが、その親としての経験は今何も役立ちません。また一からです。結局のところ受験するのは本人であり、親ではありません。東高生徒のみなさん、先生方を信じ頼って下さい。目標に向かって自信が持てるだけの努力をして下さい。そうすれば運を引き込むことが必ずできます。親は静かに見守りましょう。「素直な戦士たち」、小さいお子さんがいらっしゃる方には一読をお勧めします。

上井公民館だより平成25年12月号 掲載

『大切なもの』

ふる里と私たちを結びつけているもの、それは親、学校、友…。ふる里から遠くに在るほどそして自分が歳を取るほど、思いは強くなります。

二十年ほど前、建て替えられた河北小を我が子の授業参観で訪れても、「新しくなって良かったな」くらい。やがて子どもも河北中へ進学。何年振りかで訪れたその古い校舎はしかし、一瞬で私の時間を巻き戻しました。勉強や部活、多くの友や「将来の妻」と語り合った三年間でした。

今年の三月をもって河北中は移転してしまいました。かつての学び舎はひと気も無くなり、ひっそりしています。そしてその教室でいつも元気に過ごしていた級友が、春に亡くなりました。また、一人。

来年正月に、河北中学校昭和五十一年度卒業生の同窓会を開催します。前回は平成七年。久しぶりに巡り逢える友たちは、きっとまた時間を巻き戻してくれることでしょう。

上井公民館だより平成25年4月号 掲載

『大震災に思う』~花は咲く~

震災復興応援曲「花は咲く」。ちょうど春の選抜高校野球大会の行進曲にもなっています。亡くなられた方々の無念さを思いながらも、喪った希望を再び取り戻して生きようと、被災者自身の心情を詠っています。

花は咲く

いつか生まれる君に

花は咲く

私は何を残しただろう

花は咲く

いつか恋する君のために 
 

震災から2年。岩手・宮城ではがれき処理もようやく進み、復興へ向かって確実に歩んでいるように報道されています。時間はかかっても、多くの方の心に花が咲いてくれることを願っています。

上井公民館だより平成25年1月号 掲載

『我が家の子育て』

随分以前のことですが、妻が私と小学生の子供たちを残して1週間の旅に出ました。行き先はハワイ。集合場所まで送っていきましたが「こんなに長い別れは初めて」と目には涙を浮かべていました。

妻のいない間、子供たちは早寝早起き、宿題もさっさと片付け、規則正しい生活。普段妻から厳しく怒られているばかりでしたが、なかなかどうして・・・。

1週間後、トランクに入りきらないほどの土産を両手に抱え「アローハー!ワーハッハ」と言いながら帰ってきた妻を迎える子供たちの視線は、ちょっと冷めていました。

親が考える以上に子供たちは成長していくもの。甘える対象がなければ甘えを断ち切ります。現在では子供たちも大学生。親元を離れ私たちの心配は未だ尽きませんが、「親が育てた」のではなく、「子供が成長した」のだと考えています。

上井公民館だより平成24年4月号 掲載

 『大震災に思う』~コミュニティの大切さ~

未曾有の大震災から1年。進まぬがれき処理、困難な再就職…様々な問題が山積している中、復興に向けての歩みは確実に始まっています。しかし、地域コミュニティの崩壊に直面している人々の多くは、未だ希望が持てずにいるようです。 

コミュニティを失うということは、コミュニケーションの場を失うこと。支え合える人たちが周りにいない状況では、笑顔も戻りません。地域コミュニティも、失ってみて改めてその大切さに気付かされます。

コミュニティを維持・発展させる一つの手段として日頃の公民館活動やこういう広報紙が果たす役割は、今まで以上に大きく期待されます。 

上井公民館だより平成24年2月号 掲載

『我が家の子育て』

『素直な戦士たち』という本をご存知でしょうか。著者は城山三郎。NHKでドラマ化されたこともあります。内容は、我が子に徹底的な受験教育を施して受験戦争を勝ち抜かせようというものですが、結果は…。

この本にかなり影響を受けたこともあり、私自身は子どもたちに勉強に関してとやかく言うことはありませんでした。勉強の中身は本人任せ、学校任せです。ただ親として考えたことは、「学び」の場・機会をできるだけ多く与えることでしょうか。そこから何を学ぶのか、どう生かすかは子ども次第です。

「君たちには、進みたい道があり叶えたい夢がある。夢を叶えるための意思とすべをも備えている」…娘の中学校卒業式で先生から贈られた言葉です。我が子たちはどんな夢を持っているのでしょう? その夢の実現に向けてホンの少し、後押しが出来れば、と思っています。

上井公民館だより平成23年12月号 掲載

『大切なもの』

先日ある保険外交員からアンケートだと、「あなたの子どもの頃の宝物は何ですか?」と尋ねられました。咄嗟の答えは「本かな」。 

我々の子ども時代と言えばもう四十年も前の事。当時はパソコンもTVゲームも当然ありません。ただ自分の興味や知識欲を満たしてくれる世界は確かに、本の中にありました。しかしあの頃大切にしていたはずのそれらも、多くが今は手元には残っていません。「宝物」をそう思わなくなっていったことが、子どもの心を失いその代りに所有物を増やしていった証しでしょうか。 

先ごろブータン国王夫妻が国賓として来日され、「幸福度」についてテレビ番組でも盛んに報じていました。物質的には遥かに豊かなはずの日本は、ブータンの人たちにとって羨ましがる対象ではないようです。日本は真に豊かなのか?自分は幸せなのか? 

せめて昔の大切なものを懐かしむ気持ちくらい、無くさないでいようと思っています。

 

 

 

 
 
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